蜂巣

 体験したことを少々抜き出してみました。え?どこかで読んだ?まあ、それはそれ、少々加筆してありますので・・・。


1999/06/05
 午後、少々時間が空いたので近所を徘徊していたら、妙に重量感のある羽音がする。横を見ると、わずか10cmほどの距離を褐色の生物がホバリング中。まじまじと見る。オオスズメバチである。さすがに面食らう。少し前にテレビの特集番組で観たオオスズメバチの幼虫を(食うために)狩る人々のことが頭をよぎる。一人、ベテランがアナフィラキシーショックで死にかけていた。『魔少年ビーティー』第一話も頭をよぎる。とりあえず、(この怒りの友人を)ポケットに放り込んでやりたいような奴は今のところいない。恐怖感とともに、「幼虫、食ったら美味いだろうな・・・」というような考えもわき出してくる。こちらの思惑を知ってか知らずか、相手の方は落ち着いたもので、しばし滞空の後、悠然と去っていく。
 以前、日記に、本州最強の野生動物はツキノワグマであると書いたが、スズメバチに訂正しよう。遭遇の確率やら、毒やらを考えると、危険度では間違いなくトップだ。普段は蜂といってもアシナガバチ程度、せいぜいキイロスズメバチといったところ、オオスズメバチに遭うのは数年ぶりである。福岡で遭遇してから木曽山中を通り越していきなり東京ですっかり立派に成長したギャオスに遭った、あるいはザコにしか遭遇していないのにウイグル獄長を通り越していきなり拳王様に遭遇したような衝撃を覚えたのであった。(凶暴さではオオスズメバチよりキイロスズメバチの方が上らしいが、何よりサイズが全然違う)
 近所には学校もあるので、生徒が刺されなければ良いなと思いながら周囲を更に徘徊する。巣はないようである(キイロに比べて厄介なのは巣が外から見え辛い点である。近づくと威嚇してくるのでわかるというが)。近所の老人と世間話ついでに蜂の話題を振ると、今年の冬はそれほど寒くなかったから、蜂も例年より多いという。学校関係者にそれとなく注意を促し自宅に戻る。
 帰宅後、家の中を探し回り、2年前購入のポイズンリムーバー(虫刺され、蛇毒等の吸引器)を取り出す。念のため車に積んでおく。


1999/08/24
 『たけしの万物創世紀』は、「ハチ」。今年は例年になくハチに接する機会が多い。蜂蜜、プロポリス等、色々興味深いが、中でも圧巻はスズメバチ対ミツバチであった。秋、新たな女王蜂誕生に備え、多くの餌が必要になるとオオスズメバチは集団でミツバチの巣を襲う。セイヨウミツバチの場合、巣の外でばらばらに特攻をかけてスズメバチの大顎にかかり1匹1匹噛み殺され全滅してしまう(その様は虫嫌いの人間でも痛々しいと思うこと必至である。見ていて涙ぐんだ方もいるのでは?)。残った幼虫は全てオオスズメバチの栄養となる。これに対しニホンミツバチの場合、巣の中にオオスズメバチが侵入してから一斉に団子状にとりつき発熱、彼我の致死温度の差(オオスズメバチが45度で活動停止してしまうのに対し、ニホンミツバチは48度)を利用して蒸し殺してしまうのである。その様はガメラにたかる群体レギオンの如しである。というよりあの辺の描写はニホンミツバチがモデルではなかったか?話に聞いたことはあったが実際映像として見せられると印象は強烈である。ビデオに撮っておかなかったことを激しく後悔する。 実際のところ、悪役も善い役もなくみんな必死で生きているのだが、自然は偉大である。


1999/08/25
 明日、職場の古いパソコンを動かすので、その台になる机を空き時間に運ぶことにする。使うのかどうかも判らないような備品の山の奥に木製の机が5つ。出入り口からは無理なので窓から運び出すことにする。で、1つ、2つと運び出したは良いのだが、窓の脇にアシナガバチが巣を作っているのである。刺激しないよう、こっそり事を進めるが、何度か追いかけてくる。お前達の生活に踏み込む気はないから大人しくしておいてくれぇ〜っっっ!!!机を抱えて走るので大いに疲れる。昨晩のハチ特集を見てしまっているので、何となく駆除するのも悪い。実際アシナガバチはスズメバチに比べたら可愛いものである。結局木製の重い机を5個運搬。ああ疲れた。


1999/08/26
 職場2階ベランダにキイロスズメバチが巣を作っている。今日まで気が付かなかったとは、うかつである。室内に入ってくることも多いなとは思っていたのだが・・・。
 知らせを受けて見てみると、独特の縞模様の巣が既にハンドボール大になっている。さすがに間近で見ると背筋に寒いものが走る。成虫の極限まで戦闘的にシェイプされた姿は美しいと言える。獰猛な美しさである。
 上司A:秋が終わるまで待てば、ハチはいなくなるよ。(そうすれば無傷で巣が手に入る!)
 私:刺される者が出てからでは遅いんですよ!?(今巣をとれば幼虫が食える!)
 上司B:・・・(双方の思惑は当然バレバレなので、あきれて何も言う気になれない)

 やっぱり私が一番不純なのだろうか?協議の結果は『保留』

 ハチは夜中には行動しない筈。偵察(何の?)のため夜遅くなってから職場へ行き、巣に懐中電灯を当ててみる。巣の外壁に20匹以上の働き蜂が蠢き、光が当たったと見るや、羽を振るわせ始めた!退却ぅ〜〜〜っっっ!!! (#-_-;;;)
 何て奴等だ!? 夜は大人しく寝てろ! (自分のことは棚に上げている)


1999/08/27
 日中、2階の1室にキイロスズメバチが侵入。誰も刺されないがちょっと騒ぎになる。こういう場合、パニックを起こして逆に刺激して刺されるのが怖いのだが。職場の長は行政に巣の調査、駆除を依頼した。


1999/08/29
 上京。行きも帰りも青春18切符である。ダイヤの都合(JR東日本の嫌がらせともいう)で帰りの福島から仙台間は新幹線を利用する。列車内にて今回購入のスズメバチ関連の専門書を読みふける。彼女達の生態を理解しておくのは今後の為に有効であろう。内容は極めて興味深い。先日放送の『万物創世紀』を反芻しつつ読む。あれを観てセイヨウミツバチに同情した方は以下も知っておく必要がある。セイヨウミツバチはニホンミツバチに対しては略奪者となる。ニホンミツバチの巣に押し掛け、貯め込んだ蜜を根こそぎ奪っていくのである。最後はニホンミツバチの腹の中の蜜まで吸い出して奪っていく。ニホンミツバチはセイヨウミツバチに対しては全く無抵抗で、この略奪はニホンミツバチが餓死するまで続けられるという。だから自然界においてはニホンミツバチとオオスズメバチが同じ地域に棲むことはあっても、セイヨウミツバチとニホンミツバチ、オオスズメバチとセイヨウミツバチの共存は無い。他にキイロスズメバチの巣の引っ越し、チャイロスズメバチの社会寄生性(モンスズメバチやキイロスズメバチの巣を乗っ取る)等、感嘆することしきりであった。


1999/08/30
 職場のキイロスズメバチの巣だが、行政からの解答はない。お役所仕事って(以下略)。 まあ、頼まれた方も困るだろうけれど。 日の光を受け、金色に輝く働き蜂が忙しく飛び回り幼虫の餌や巣の材料を集めている。端から見ている分には牧歌的とすら言える風景である。 彼女達が狩るハエ、アブ、農作物などの"害虫"は、これも職場に巣を作っているツバメよりずっと多いだろう。 専門書等読んでわかった分も含め現状をまとめてみる。
・現在の巣は、春に越冬を終えた女王蜂が安全な場所で1匹で作り始めたものではなく、"家族"が増えて手狭になったため引っ越しをして一斉に作ったものである(だからかなり短期間に出来上がったと 思われ、気付かなかったのもうなずける)。
・今後も巣は大きくなる(あまり大きくなると手がつけられなくなる)。
・スズメバチは夜間は一般的に活動しないが、キイロスズメバチは、夜でも一部の働き蜂が巣の外に張り付いている。外泊するものもいる。働き蜂は基本的に不眠不休で夜は主に巣のメンテにあたり、成虫の寿命は2週間である(巣の下に死骸が落ち始めた。死ぬ数以上の働き蜂が生まれていると考えてよい)。
・夜暗いところでは飛ばない。赤い光にも反応しない。(モンスズメバチは夜でも活動する)
・蜂に刺された場合、怖いのはその毒直接ではなく、アレルギー(アナフィラキシーショック:体内に異物が侵入した場合抗体ができ、次回以降に備える。しかし、その抗体が過剰な反応を示し、初回より酷い症状を呈することがある。体を護るはずのシステムが逆に悪い結果を招いてしまう困った現象である。蜂のアナフィラキシーショックは有名。一度蜂に刺されると毒に対する抗体が体内にでき、二回目以降刺された際に過剰な反応を起こす。刺されてから1時間以内、普通は10〜30分以内に、蕁麻疹、血圧低下、嘔吐、意識障害等の症状が現れ、最悪の場合死に至る。体質にもよる)である。私はスズメバチに刺された経験がないので、一応大丈夫。たくさん刺されたらもちろん大変だが。(ミツバチの毒とスズメバチ、アシナガバチの毒は異なるが、スズメバチとアシナガバチの毒は成分が近いので、アシナガバチに刺された後スズメバチに刺された場合でもアナフィラキシーショックの危険はある。)
・刺されるのは首筋、顔の場合が多い。目も狙われる。刺されなくても、噴き出した毒液が目にはいるだけでも角膜がボロボロになり失明の危険がある。
・死骸から調べてみるに、キイロスズメバチの毒針の長さは4mm程度といったところである。
・毒針の脅威のみ取り上げられることが多いが、大顎に対しても注意を払うべきである。オオスズメバチの場合、大顎による裂傷は7〜8mmに及ぶという(薄いゴム長程度だと穴を開けかねないらしい)。捕獲する場合、容器を食い破られないよう丈夫なものにしなければならない。
・蜂の子は、美味しい。 (^-^;)

 腹は決まった。今夜・・・

 帰宅ついでにチャイを作って飲みくつろぐ。落ち着いたところでハチに対する準備にとりかかる。 狩りには冷静な判断力が欠かせない。 (^-^;)

<計画概要>
・生き残りがあった場合、また巣をかけるので、殲滅戦とする。
・ハチの針が通らないよう、全身を覆う。
・夜間とはいえ、キイロスズメバチは働き蜂が起きているので、照明は赤色懐中電灯のみとする。
・蜂の子を獲るため、原則として薬は使わない。(主にエタノール、火、電子レンジ。牽制程度にはスプレー式殺虫剤を使用)
・死なない。 (私の中の『悪ガキ』の部分がかなり後押ししている部分は否定しない。しかしこの年齢である。自分自身の責任でやるとはいえ、誰にも迷惑をかけるわけにはいかないし、私自身、現世には未練が多すぎる。一針たりとも刺されない。ボランティアで死んでたまるか!)

 職場着。現場に脚立を運ぶ。
 スキーウェア上下を着装。首まわりも含め顔面にはマフラーを巻き付ける。眼鏡をかけて更にその上からバスタオルを巻き付ける。更にスキーウェアのフードを被る。分厚い革手袋をはめ、長靴を履く。隙間は全くない。以前テレビでやっていた、オオスズメバチの巣を狩る人々の場合、上下雨合羽にフルフェイスのメットといういでたちだったが、あれよりよっぽどマシだろう。専用の防護服にはもちろんかなうまいが。念のためポケットにポイズンリムーバー(毒の吸引器)と抗ヒスタミン軟膏(ハチ刺されにアンモニアというのは過去の誤った認識である)、スプレー式殺虫剤を入れておく。本当は巣の撤去は複数名で行うのが良いのだが、良くわからん人間に頼んで刺されても気の毒だ。刺されないためとはいえ、こんな重装備、普通の人間は嫌がるだろう。
 巣の入れ物は、最初はプラスチックのボール2個をガムテープで貼り合わせ、くす玉状にしたものを使うつもりだったが、彼女達の大顎を過小評価しないことにする。食い破って出てこられてはたまらない。これはこれで過大評価かも知れないが、最悪の場合を考えて準備をすることは大事だろう。念のためアルマイトのボールに変更する。これでパックマンの如く巣を囓り取り、中に全て閉じこめてしまうのである。2階ベランダ、赤セロファンで覆った懐中電灯で4m近い高さにある巣を照らす。働き蜂が巣の外壁にとまっているが、特に反応する様子もない。大丈夫そうだ。脚立に上り、巣の下にボールのくす玉を持っていく。さすがに緊張する。そろそろと間合いをはかる。何度かのためらいの後・・・

 がぽっ、ずるっ

 脚立から降り、様子をうかがう。手の中のボールがやけに軽い。揺すってみるがあまり中味はないようだ。しくじった。巣が天井にがっちりついているため、どうやら取れたのは巣の外被1〜2枚程度。巣のハチもパニックに陥っているようである。牽制のため周囲に殺虫剤を数秒間噴射する(巣には吹かない)。全身をばたばたと叩いてから屋内に戻る。ハチの針の被害は全くないものの、全身をくまなく分厚い装甲で覆っているもので熱さでどうにかなりそうである。脳裏をニホンミツバチの群に蒸し殺されるオオスズメバチの映像がよぎる。彼女達から見れば今の私はそれ以上の災厄だ。とりあえず、上半身はシャツ1枚になって横になり、荒い息をつく。ひどい汗である。事情を半端に知っている人が私を見たら、ハチに刺されたと勘違いするかも知れない。
 一息ついて、リターンマッチである。またくまなく全身を覆う。脚立に上り間合いをはかる。

 がぽっ、ぼそっ

 今回は手応えがあった。腕の中のボールにもそれなりの重みが感じられ、中ではわんわんと羽音がする。くす玉の口を閉じたまま、全身をばたばたと叩いてまた屋内に戻る。暗がりの中、ボールの合わせ目をガムテープでとめる。最初、プラスチックのボールを使うつもりだったときは、電子レンジでとどめをさす予定だった。しかしアルマイトのボールでは電子レンジを使うことはできない。エタノールを使用する。ボールの合わせ目にスピリタス(ポーランド産、96度のウォッカ。殆どエタノール)を流し込み、職場のコンロの上にかけて火を付ける。直接食らえばもちろん、エタノールの蒸気の中ではハチは生きてはいられない。次第にボールの中が静かになる。あ、気化したエタノールに引火した!? (-o-;;;)
 あわてて水をかけて消火。ボールの中は完全に沈黙。

 ボールを開けてみる。大量の働き蜂の死骸(後から思えば女王蜂の確認をしないでしまった)、砕けた巣の外被とともに、いわゆる蜂の巣状の巣が姿を現す。ボール状の巣の内部に、ハニカム構造の巣が幾層かあるわけだが、今回は2層分取れたようである。目当ての幼虫を取り出す。成虫は全て死んだが、幼虫は巣に護られたか殆ど生き残っているようである。ささ、ささ、という音がする。餌を催促するため幼虫が大顎で巣の壁を擦っているのだ。でかい!見慣れたアシナガバチの幼虫に比べずいぶんと大きい。3cmはあるか。(オオスズメバチでは、女王蜂候補で蛹になる寸前の終齢幼虫だともっとでかくなるという。こっちは資料からなので比較の単位が違うが5gくらい。写真を見る限りでは4〜5cmはありそう)
 ここまで淡々と書いたが、当人は熱さのため大量の汗をかき、息もずいぶん上がっている。長靴の中は汗がたまりぐちゃぐちゃ音を立てている。疲労と乾きでふらふらの状態の中、生きたままの幼虫を口に運ぶ。 噛みしめる。 ぶちり。 どろり。 濃厚な汁が口中に広がる。 うまい! 充分に味わい嚥下する。 体中に染み渡っていくような感覚がある。 続けざまに口に放り込む。 生態系においてはかなり強力な捕食者であるスズメバチ。 悪役としてのイメージばかり先行するスズメバチ。 その巣を襲って成虫を殺戮し、彼女達が苦労して育てた幼虫を喰らう私。 しばし自然の摂理に思いを馳せる。 ハチ達の怨念を一身に受けて食う。
 巣はまだ残っている。中途半端はいけない。残りも獲る。真下に一層分の巣が落ちている。スピリタスの入ったビニル袋に入れる。残りは頭上の一層分。ここでまた熱さに耐えられず休憩。刺される前に脱水症状で死んでしまいそうだ。水をがぶ飲みする。
 残る一層。かなりがっちり天井にへばりついている。ボール程度ではこそげ落とすことはできないようである。あまりやりすぎると巣を潰してしまいかねない。今月初めに酷い怪我をした大きな草刈り鎌を使うことにする。刃の背の部分を使い、スクレーパーのように削り取るのである。全て落とす。これもビニル袋(スピリタス入り)に回収。
 屋内に入り、巣の処理をする。最後に獲った最上層の巣の住人が一番成長している。半分以上蛹である。一部屋のフェルト状の蓋を破って羽化したてと思われる成虫が這い出そうとしている。さすがにぞっとする。この状態ではまだ攻撃性はそれほどないとはいうが。イメージはエイリアンの巣そのものである。その場で幼虫を摘んでいた箸で潰す。ハチは断末魔の瞬間、毒針からありったけの毒液を噴き出す。見れば羽化して中で蠢いている成虫が数匹確認できる。みんな羽ばたくことなく潰される。幼虫、蛹はビニル袋に入れて冷蔵庫に入れておく。
 残る一層は、そのまま電子レンジにかける。虫達は一瞬もがき苦しみ、静かになる。冷凍庫に入れる。
 道具を一部片付ける。巣を取り除いたという興奮からか、あまり疲れは感じられない。蜂の子を食ったこともあるのだろうか。下手なドリンク剤より効くような気がする。


1999/08/31
 いったん帰宅。30分ほど休憩&水分補給の後、再び職場に向かう。後始末をしなければならない。また全身を覆い、赤い懐中電灯でベランダを照らす。床には暗闇故飛び立つことができない働き蜂が数10匹。全て踏み殺す。巣があった場所にも5〜6匹のハチがとまっている。ここでやっと殺虫剤を本格的に使用する。よじ登って50cm位の至近距離から(射程距離が短い)噴霧する。すぐ床にぼとりと落ちる。全身を痙攣させてもがき苦しむ様にいたたまれず、踏み潰す。ベランダ等の掃除を済ませ、帰宅したのは2:00頃である。前日21:00より始めてほぼ5時間の闘いであった。
 今度は幼虫、蛹を何とかしなければならない。私だけなら生で食ってしまっても良いが、それも勿体無い気がするので佃煮にすることにする。先日購入の専門書には調理法も載っている。まず塩を入れた湯でさっとゆでる。蛹になる寸前の幼虫の場合そのままで良いが、そこまで至らない幼虫は、黒っぽい内臓(スズメバチの幼虫は、"出口"ができる蛹直前まで糞をしないで体内にため込んでいる。つまり、そういうことである。食っても大丈夫といえば大丈夫だが。排出された糞は部屋の底に幼虫によって塗り込められ巣の補強に役立つという)がざらつくので、爪楊枝などで取り除かねばならない。その後、油で炒めて蜂蜜と醤油で味付けする。蛹はそのまま炒めてこれも蜂蜜と醤油で味付けする。少々濃くしすぎたか? 蛹になる寸前の幼虫は味付けするのが勿体無いのでゆでてそのまま凍結する。幼虫そのものの味は、アミノ酸が凝縮されたような、海老、蟹か、貝のような、しかしそれとも明らかに違う、実に味わい深いものである。一通り終わったのは5:00頃であった。

 出勤。職場の長が、行政からの解答がないとぼやいている。とりあえず昨晩何があったかは黙っていよう。(^-^;) 巣があったところには生き残りのハチがいくらか戻って来ている。これからは掃討戦となる。殺虫剤を使用。もがき苦しむハチを見ていると、私はろくな死に方をしないだろうなあと思う。踏み潰す。殺すために殺す生物は人間だけだと実感する。
 次に様子を見に行くと、その場にいたのは1匹だけだったが私めがけて突っ込んでくる。明らかに私を敵として認識している。首筋を手ではらいながら身をかがめて走る。 先日(8/26)興味本位でぼけ〜っと眺めていたときは無反応だったのだが。この頃になると生き残っているハチもタフなものが多くなってくる。殺虫剤を少々噴射しても牽制程度で、死なずに逃げていく。後で死ぬのかも知れないが。ハエ用ではやっぱり駄目か?
 また様子を見に行くと1匹のハチが頭上の壁にとまっている。よじ登って近づき殺虫剤を噴霧する。ハチは直撃を食らい逃げ損ね少々よろめいたものの、落ちないで壁にがっちりと踏みとどまり私を見ている。だんだん脚や触角がこわばっていくのがわかる。10秒以上噴霧の後、ハチは静かに落ちた。気がつくと泣いていた。
 今更ながら、ここまでやらねばならないのかと思うあたり、私も充分偽善者である。実際のところ、"駆除"という観点から見るならもっと事務的に遂行しなければならないことも、こんなに相手に感情移入していてはやっていられないことも、わかっているはずなのだが。ただの感傷だろうか?
 午後、職場の長が蜂の巣が消えていることに気付く。少々小言を頂戴する。まあ、何事もなく(無事で)良かったということで苦笑されておしまい。同僚からも色々言われるが、調子には乗らないようにしよう。 昨晩の多量の発汗のため異常に喉が渇く。今日は水ばかり飲んでいる。体重を計ってみると68kg。最近は71〜2kgだったが、ここまで落ちたのは久々。7月半ば以来か?

 今回、蜂の巣を撤去するにあたり、色々考えることがあった。自然、生命について、きれい事でなく。業者に頼んだり、殺虫剤でさっさと"退治"したのでは決してできない体験であったと思う次第である。少なくとも、これまでも、今後とも、"たかが虫けら"という感覚からは遠くにいられるだろうと思う。

 帰宅後、庭のアシナガバチの巣を見る。ずいぶん優しい感じがした。

<参考資料>
・『スズメバチの科学』小野正人著/海遊舎
・『スズメバチはなぜ刺すか』松浦誠著/北海道大学図書刊行会

 それにしても、何だか壮絶な内容になってしまった。 客観的に見るとキイロスズメバチの巣を一つ取り除いただけの筈なのに。 ・・・あ、いないと思うけれど、これ読んで真似して刺されて酷い目にあっても私に文句言わないで下さいね。(^-^;) 私にはそんなつもりは無いけれど、結局今回のことは世間的に見れば素人の軽はずみな行為として非難されるべきことなのだろうな。日本でも毎年約3〜40名の死者が出ているということだし。 さすがにもっと危険なオオスズメバチの巣だったら手は出さなかった。(スズメバチ用防護服はちょっと欲しいと思う (^-^;)


2000/07/24
 職場倉庫の入り口にアシナガバチが巣を作っていたのだが、刺激して襲われかけた者が出たので、私が撤去することになった。肉団子を運んだり、暑い中羽ばたいて風を送るなど、かいがいしく幼虫の世話をする働きバチを見ているので何とも気が重い。昨年のキイロスズメバチの巣の一件もあり、甚だ偽善的とは思うが内緒で共存の道を模索することにする。
 某自治体では、スズメバチの巣を発見してもやたらと殺さず丸ごと麻酔させて安全な場所に移動、害虫駆除に役立てているという。巣からある程度の範囲内に入らなければハチは攻撃してこないし、他の昆虫を幼虫の餌にするため狩ってくれるハチは見方を変えれば益虫なのである。
 結局この方法を模することにする。お椀2つでくす玉を作りエーテルで麻酔をかけて安全な場所に巣を移すのだ。とりあえず夜を待つ。
 夜になる。倉庫に向かう。踏み台に乗り巣をお椀2つで覆う。成功・・・の筈だった。左手を這う感触。反射的に手の中のものを投げ出す。次の瞬間右腿に小さな痛みが走る。しくじった!昨年のスズメバチの巣の撤去のように、完全防備で臨めば良かったのだが甘く見ていた。ハチの一刺しはあっさりジャージを貫いたのである。屋内に駆け戻り、痛み出した刺し跡にポイズンリムーバーを当てて吸引する。90秒の吸引を2回。半透明な赤い体液が吸い出されてくる。毒も混ざっているのだろう。レスタミン(抗ヒスタミン軟膏)を擦り込んでおく。とりあえず備えあれば憂い無しである。
 リターンマッチ。落ちた巣と所在なげなハチ2匹をエーテルの浸みたちり紙ごとビニル袋に入れる。しばらくもがいたハチも麻酔が効いて静かになる。
 少し離れた第2倉庫の軒下に巣とハチを運ぶ。とりあえず軒下にアロンアルファで巣を貼り付ける。眠っているハチは窓枠に置いておく。触覚が動いているから目覚めれば巣に戻るだろう。同様に(実は2つ撤去しなければならなかったのだ)もう1つの巣も眠らせて移動する。2つ目の巣は残ったハチが確認できたので懐中電灯に止まらせて引っ越し先の巣まで運ぶ。とりあえずやるだけはやった。自己満足と言われればそれまでだが。


2000/07/25
 朝、引っ越し先の巣の確認。2つ目の巣にはハチが4匹ほどとまって世話をしているが、1つ目の巣には1匹しかいない。これでは巣を維持できない。元の巣があった場所を見ると4匹のハチがとまっている。何とかビニル袋に3匹追い込んで引っ越し先に運んで放す。午後に見たら1つ目の巣にも2匹とまっている。大丈夫だろうか・・・?


2000/07/27
 1つ目の巣を見ると巣の上に白いものがありハチが1匹何かやっている。どうやら幼虫を食べているようである。食糧不足で巣の維持が困難になったときに見られる行動だというが、思いっきり落ち込む。何とか持ち直して欲しいのだが・・・。人間の勝手な思惑で翻弄されたハチの方こそいい迷惑であろう。
 午後、職場隣人から「ハチの巣を取って」とクモの巣(中に卵が入っている)の撤去を頼まれる。無害だと説明しても気持ち悪いから取れとのこと。・・・・・・


2000/07/28
 1つ目の巣の成虫が3匹になっている。戻ってきたのか、羽化したのか。持ち直してくれ。


2000/07/31
 近所の公民館で子供会行事。子ども達が老人に御馳走。公民館にアシナガバチの巣が2つあるのだが、駆除するという話になる。暗くなってから殺虫剤を吹くという。全く気乗りしない話である。別に玄関口という訳でもないのだから放って置けば良いのに。青虫100匹とアシナガバチの巣1個と天秤に掛けたら彼等の認識も変わるだろうか?(アシナガバチは他の昆虫を狩って幼虫の餌にする。スズメバチはもっと大々的にやる)
 ・・・等々考えてふと横の地面を見ると身を引きつらせて苦しむアシナガバチが見える。殺虫剤を浴びた際の症状だ。もうやってしまったのか?目一杯毒針を突き出し、腹をよじらせ、触角を痙攣させている。見かねて石の上に乗せて潰す。
 巣があった場所に行ってみると、巣には殺虫剤が浴びせられ、落とされている。周囲は断末魔の痙攣。潰してとどめを刺すしかできない。巣の中には幼虫、蛹が数10。食ったら美味いが殺虫剤まみれではどうしようもない。石を載せて押し潰す。幼虫達のクリーム色の体液が吹き出す。
 彼女達は巣を守るため産卵管を毒針に変化させた。特に幼虫は大型哺乳類にとって貴重な蛋白源であったからである。だが、現在は主にその毒針故に駆除の憂き目にあっている(オオスズメバチの場合、セイヨウミツバチの巣を全滅させて幼虫を根こそぎ奪ったり、果樹園の食害があったりと、色々恨みを買う所以はあるのだが)。食うための殺生、身を守るための殺生、生きるための殺生、殺すための殺生・・・


2000/08/03
 1つ目の巣は成虫が2匹に減った。2つ目の巣は5匹に増えている。1つ目の方は駄目かも?落ち込む。


2000/08/07
 2つのアシナガバチの巣はしばらく同じ様な状態が続いている。


2000/08/09
 もう実家に帰省しなければならない。あまり忙しくて巣の様子を見ないままだった。どうなっただろう。


2000/08/17
 久々に巣の様子を見る。どちらにも10数匹の成虫が止まっている!もっとも、蛹が羽化しただけかも知れない。女王蜂がいなければハチのコロニーはいずれ滅ぶ。持ち直してくれたのだろうか?


<事後報告>
 ・・・大分間が空いてしまった。1つ目の巣は、9月に入ってどうやらスズメバチの襲撃を受けたらしく、壊滅してしまった。ほんの1m離れたところにある2つ目の巣が、どうして無事だったのかは謎だが、こちらは晩秋、次世代につなぐまで、巣の運営を続けることができたようである。



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